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「原風景など無い」という言い方がある。
自然が“第二の自然”としてしかあり得ないように、
原風景もまた“(己の中に)事後的に見いだされるべ
きもの”という意味だ。
だがこれと反対に、己の意識のコントロールを外れた
場所にある購うことのできぬナニカを信じ、己を消し
己を世界に委ねる構えがあれば、なにもすべての記憶
が己の意識を通してでなく、無意識の淵からそのまま
直截漏れてくるような仕組みがあってもいいのではな
いか。

原風景

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